光秀の肖像画が見たかった
2008/11/17(Mon)
明智光秀の肖像画は唯一、大阪府岸和田市の本徳寺に伝わっています。

あまりにも有名ですが、これです。
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「放下般舟三昧去」というこれまた有名な裏書があって、「仏門に入り去っていった」の意だそうですが、光秀=天海説の論拠の一つになっていますよね。そのことはまぁ、ここでは置いといて・・・。


2年前の春のことでした。当時私は関西に住んでいましたが、近々関東に引っ越すことが決まっておりました。関西を離れる前に一度、光秀公の肖像画を直に見てみたい、という衝動を抑えきれなくなり、だんじりで有名な町、岸和田に向かいました。
お寺はJR岸和田駅から駅前商店街を進み、堺阪南線という道を越えた付近、五軒屋町の中にあります(もっとも私は車で行ったのですが)。ちょっと分かりにくい場所です。

この寺は光秀公の子、南国梵桂の建立と伝えられていて、臨済宗のお寺だそうです。

光秀公の肖像画の下によく書かれている「本徳寺所蔵」の文字をさんざん見てきましたので、ここに行けば見れるかも、という勝手な思い込みのまま車を走らせた訳です(今思えば随分幼稚な発想ですが)。

さて、あちこち歩き回り、お寺をようやく見つけました。

門が閉まっています(開放されているとこれまた勝手に思い込んでいた)。インターホンの前でしばし佇む。ボタンを押す勇気が出ない。

数分間逡巡した後、「ここで帰ったら一生見れないかも」と思い、意を決してボタンを押しました。

ピーンポーン・・・。

「はい、どちら様でしょうか」

「あっ、あっ、あの、私○○と申しまして、いえ、あの、研究者とかではなくて単なる一般人なんですが(何のこっちゃ)、光秀公が本当に好きで、こちらに肖像画があると聞いたものですから・・・」

「・・・どうぞお入りください」


あっ、入れた。


玄関に通されると、初老(だったと思います)の男性に迎えていただきました。正座をして「ようこそ来られました」とおっしゃるその方に、私は恐縮しながら汗だくで訪問理由を説明しました。近いうちに関西を離れること、その前に敬愛する光秀公の姿を是非とも見ておきたかったこと・・・。

するとその方は、とても穏やか口調で、来てもらって申し訳ないが今肖像画は寺に無いこと、当時放映されていた大河ドラマ「功名が辻」の展示会に貸し出され静岡に行っていること、その展示会は全国を回るので直接見るにはそこに行ってもらうしかないこと、等々を丁寧に私に説明して下さいました。

私はその方の話を聞きながら、そもそも貴重な歴史上の人物の肖像画がいつでも一般公開されているケースは稀だろうし、仮に見に行くのであれば当然事前に問い合わせるべきだろうし、いきなりアポなしで訪問して見せてくれというのは大変失礼なことだったんだ、という事にようやく思い至り、恥ずかしさで穴があったら入りたい思いでした。

顔から火が出る思いで礼を言って退出しようとする私にその方は、門の近くまで見送っていただいたうえ、関東に行かれてもお元気で、とまで言って下さり、大恐縮のまま寺を離れました。


本徳寺のご住職(だったかどうかはわかりません)、その節は本当に失礼いたしました。そして、ありがとうございました。


なお、光秀公の肖像画は岸和田市が主催するイベントなどで実際に見れる機会があるそうです。今年はもう終わったみたい(11月1日)ですけど・・・。
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